儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです

謹賀辛卯年 (その3)

※この記事は、謹賀辛卯年 (その2) の続きです。


《 歴史にみる辛・卯年 ・・・ 大津事件 》

干支、つまり十干と十二支の組み合わせで暦を作りましたから、
60年を経て同じ干支になります(10と12の最小公倍数/還暦)。

従って、60年ごとに日本史を遡〔さかのぼ〕れば、
「辛・卯年」の有り様がわかります。

直近の60年前の辛・卯年は、1951(S.26)年。
戦後の復興・混乱期です。

共産主義の跋扈〔ばっこ〕、レッド・パージ〔 Red purge 1950.6.~〕、
サンフランシスコ講和会議(1951.9./対48カ国)、
日米安全保障条約(1951.9.) など。

さらに、60年遡ると、1891(M.24)年。
この年の有名な大事件「大津事件」について、お話ししたいと思います。

1891(M.24)年5月、シベリア鉄道起工式列席の途次に、
来日中のロシア皇太子ニコライ
(*後の日露戦争〔1904.2-1905.9〕時のロシア皇帝ニコライ2世)が、
滋賀県大津で護衛の巡査・津田三蔵に切り付けられました。

政府(首相・松方正義)は、「皇室に対する罪」を適用して
津田の死刑を主張しました。

強国ロシアとの戦争を恐れたからです。

これに対し、大審院長・児島惟謙〔こじまこれかね/いけん〕 は、
法の公正な適用を主張して無期刑としました。

児島は、これは行政権から司法権の独立を守ったものであると主張しました。
── 当時の日・露の力関係、緊張関係を推測するにつけても、
実に、胆識ある人物ではあります。

ところで、私は児島惟謙を幼少の砌〔みぎり〕から周知していて、
懐かしく思い起こしています。

と言いますのも、児島惟謙は、私の郷里愛媛県宇和島市が生んだ偉人だからです。

母校の小学校講堂に、大きな写真が飾ってあったのを記憶しています。

今でも、“城山”の昇り口に立派な銅像が建っていて、
この正月の帰省の折にも明治辛・卯年に想いを馳せつつ、眺めてきたところです。

なお、私は現在まで長く、大阪府吹田市に居住しておりますが、
児島惟謙は、ここ地元にあります“関西大学”の創立者でもあります。

そいうことで、不思議と縁深いものがあります。

さて、この大津事件裁判を想うにつけても。
 “明治”の時代は、政界にも法曹界にも、才徳と誇り〔プライド〕があり、
精神も人材も豊かな時代であった
、と改めて思います。

明治以来のわが国の“法治主義”も、日増しにその弊害が顕わになり、
その行き詰まり甚だしいものがあります。

米国占領下で(事実上米国によって)作られた、「日本国憲法」や「教育基本法」をはじめ
基本“法”そのものに問題があります。

一例を挙げてみますと。
日本国憲法」では、“他力本願”の非現実的平和論、
中庸を欠く個人の人権偏重(義務不在、権利主張一辺倒)。

国家100年の大計たる「教育基本法」も、
何をどうしたらよいか全くわからない抽象的でお題目のような文言の羅列、
道徳(儒学の“仁”)・忠誠(赤き心)・孝(家族の情)といった
日本精神の“本〔もと: =根幹・根柢〕”を欠如したものです。

まことに、この偏り・歪み恥ずべきものです。

これらが、現代日本の、
個(人の都合・勝手)が闊歩〔かっぽ〕する現代大衆社会”の風潮を助長しているのです。

が、しかし、何より人間そのものが問題です。
才徳と誇りある、見識・胆識のある人材がいなくなりました

死刑冤罪、特捜(検事)不祥事、安易な陪審員制度の導入 ・・・ ひどいものです。 注3)

法(礼)は道徳(仁)のベースの上にあらねばなりません
トップ(長)は、“君子 = 徳の人”でなければなりません。

平和時の“国の教え”が、儒学です。

日本が、真に平和国家を続け、平和に成熟した社会を志向するのであれば、
忘れ去られようとしている“徳治主義”を取り戻さなければなりません

 
注3)
年頭所感として、時事的思い一言を加えて記しておきましょう。

大阪地検特捜部・元主任検事による証拠改ざんを隠した疑いで
前部長と元副部長を「犯人隠匿罪」で・・・云々(‘10.10)。

この時の、某新聞のコラム評に
「一人の愚か者が、池に投げ込んだ石を、多くの賢人でも見つける事は難しい」とあり、
信頼回復の困難さが述べられていました。

私が思いますに。このコメントは、不祥事を一人の愚か者によるものとし、
他は賢人と言っています。

しかし、賢人の中に愚か者が偶々〔たまたま〕混じっていたのではなく、
賢人と思っていたのが実は愚人であったのではないでしょうか。

あれこれ、氷山の一角にすぎず、
法曹界も 佞人〔ねいじん〕・小人〔しょうじん〕で満ちています。

 また、陪審員制度の導入も、裏を返せば、
シロウトを安易に巻き込むほどに現場の専門家がいい加減であるということでしょう。

責任を逃れる発想ではなく、まず、自身が “襟を正し” 
法曹界の専門家であるはずの人達の判断を “まとも” なものにするのが当然の事でしょう。

 かかる、精神も人材も振るわない、わが国の当世“法治主義”・法曹界の有り様を、
易卦に擬〔なぞら〕えてみますと。 
  

─── (以下、高根・前掲書 No.18 引用)
https://jugaku.hatenablog.com/entry/50754546.html 

【山風蠱〔さんぷうこ〕】 すなわち。 【蠱】 は、事(事故)。
皿の上に虫が3匹(木皿の中の虫)、酸欠・カビ状態、無風状態、“身から出た錆”。

■ 下卦 巽風、上卦 艮山。
   1) 山の下の風。動くべき巽風が艮止〔ストップ〕されて、ふさがっている象。
      (風がストップするとモノは腐る)
   2) 巽の臭気あるモノが、艮の箱の中に止められている形。腐敗。
   3) 大女(巽:中年)が、若い青年を追っている象。
      年少の男性の心の内(下卦)に年上の女性が伏入(巽)し、
      艮男が惑って(巽)いる象。  
   4) 乱れが極限にまで達して、新しいものがおこる意。
 
○ 大象伝 ;
「山下に風あるは蠱なり。君子以て民を振〔すく〕い徳を育〔やしな〕う。」

(艮山の下に巽風があり、風は山に阻まれて流れない象。また、事ある時でもあることを示す象です。
君子は、この事ある時の象にのっとって、清新の気をもって万民の心を振るい起こし〔巽徳〕、
心気一転させ、自分自身の徳を養い育てる〔艮徳〕ように努めるのです。)

※ 「君子以振民育徳」 ⇒ “風〔ふう〕をおこすは吏と師”(by.高根)
 


《 「暑」 ─── “寒”そして“温” 》

 ところで、昨年 平成22年の世相をあらわす文字(漢字)は「」でした。
(一昨年は「新」、その前は「変」) 

人間社会から自然環境に世相の関心の重点が移った感もあります・・・



※ この続きは、次の記事(謹賀辛卯年 その4)をご覧下さい。。
   (・・・/「暑」・“寒”・“温” )


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