※この記事は、謹賀辛卯年 (その3) の続きです。
《 「暑」 ─── “寒”そして“温” 》
ところで、昨年 平成22年の世相をあらわす文字(漢字)は「暑」でした。
(一昨年は「新」、その前は「変」)
人間社会から自然環境に世相の関心の重点が移った感もあります。
昨夏は、猛暑で、屋内においてすら“熱中症”で亡くなられた方が、
高齢者を中心に多数出ました。
地球温暖化を主要因とする異常気象現象は、改善するどころか、
ますますその程度を顕著なものとしてきています。
むろん、「暑い」 のは自然界はかりではなく、
人間界も 「暑(苦し)い」 時世です。
思い想いますに、自然がおかしいから人間もおかしくなるのか?
はたまた、人間がおかしいから自然もおかしくなるのか?
それは、後者が真なのでしょう。
この暑さとは対照的に、年末年始からは、猛烈な寒波に見まわれました。
私は、四国(愛媛)に帰省していたのですが、
吹雪〔ふぶき〕の大晦日・元旦となりました。
今冬は、“ジンジン”と四肢五体に沁み込むような寒さを
(脆弱な吾が身に)体感しています。
そして、“寒い”のは、気候ばかりではなくて、世情・人情もまた然りです。
易卦に想いを馳せてみると、【水山蹇〔すいざんけん〕】卦が浮かびます。
「蹇」は、寒さで足が凍えて動けなくなっていること象〔かた〕どっている字です。
足止めストップ、3大難卦の一つです。
さて、こうして寒い日々が続きますと、
“温〔暖:あたた〕かい”のが何よりも有り難く感じます。
今の候、つくづくと私が実感いたしますのが、
背中に入れた“ホカホカカイロ”(“あったカイロ”)と“入浴”の“温かさ”です。
至福の想いです。
それは、親身の“温かさ”の故だからでしょう。
思い想いますに、畢竟〔ひっきょう〕、人間として肝要なものは
“情”・“思いやり”です。
儒学の専用語で “仁〔じん〕”、(キリスト教的には“愛”、仏教的には“慈悲”)です。
その“情”・“思いやり”を具体的に擬〔なぞら〕え象〔かた〕どると、
この“ホカホカカイロ”と“入浴”の“温かさ”になるのカナ、などと想っています。
易の八卦八象〔はっかはっしょう〕。
「離」=「火」の、“中庸”=「程〔ほど〕」を得たあたたかさ「温(暖)」が大切です。
それは、自然界の「温(暖)」ばかりでなく人間界での心の「温」も大切です。
易卦の【離為火】に関して「人の心の火の用心」(真瀬中州)という
シャレた文句もあります。
また、『論語』に 「温故而知新」(学而第1)の文言があります。
この「温」は、1)「故〔ふる/古〕きをアタタめて」とも
2)「故きをタズねて」とも読み解します。
1) の「温めて」は、原義はゆっくり肉を煮込んでスープを作ること。
また、私は、カレーやシチューを“ねかせて”さらに一工夫を加えて、
あたため直し新しい味を引き出すことと解しています。
2) の「温ねて」は、なぜ “尋ねる” と読むのでしょうか?
「温」の字は、サンズイ(水) + 日=囚(元字) + 皿 からなります。
つまり、囚人に対して、水と 皿には食物を盛って(差し入れて)訪れ、
「お前は、如何〔どう〕してこんな所にいるんだい? ・・・・ 」 と
あたたかく尋ね諭〔さと〕すところから成っている、と教わったことがあります。
深いお話です。
── ともかく、自然界も人間界も “中庸” が大切です、
過度の猛暑も厳寒も困ります。
自然界における、「天に唾〔つば〕する」 がごとき
環境破壊・地球温暖化による偏奇異常は、今早急に解決しせねばならない課題です。
が、人間界において、情の“温(暖)かさ”もまた、
今早急に取り戻さねばならない課題です。
《 今年の真儒協会は・・・ 》
正月、「正」は「一〔いつ〕」に止まる/止する、と書きます。
現今〔いま〕、“「一」なるもの”、“変らぬもの”、“不易なるもの”の価値を
見直さなければなりません。
それは、“大常”、“受け継がれるもの”でもありましょう。
具体的に、人間界における“「一」なるもの”は、
忠恕(まごころと思いやり)の道、正しい道筋のことです。
孔子の「一貫〔いつもってつらぬく〕の道、孟子の「揆一〔きいつ〕」です。
真儒協会は、この“「一」なるもの”・ “不易なるもの”で、
こころの蒙〔くら〕きを啓〔ひら〕く活動を充実させてまいります。
「辛・卯&七赤金性」(【沢風大過&離為火】)の深意・真意をふまえて、
昨年までの業績を継承更新し更に積み上げてまいります。
ところで、インターネットは 小ドラゴン(=「震」)に擬〔なぞら〕え
象〔かたど〕ることができます。
“ユビキタス社会”形成に向かって、電波という雲に乗って天翔けているところです。
真儒協会も一昨年春、H.P.《儒学に学ぶ》・ブログ《儒灯》 を立ち上げ
発信活動を開始しました。
昨年度は、ブログ《儒灯》の執筆に力を入れ、
各種講習内容レジュメ〔要約〕、「儒学からの言霊」・「儒学随想」などを充実させました。
ご覧いただいている人数も少しづつ増え、
それを契機に講習に参加される人も増えてまいりました。
尤〔もっと〕も、過年度の定例講習内容レジュメ〔要約〕のセットアップは滞っておりますので、
本年は、それやこれや逐次完了させ、
智的情報を整理・掲載してまいりたいと思っております。
皆様には、よろしくこの“ネット”(H.P.&ブログ)をご活用いただきますよう
お願いいたします。
H.P.《儒学に学ぶ》 http://jugaku.net/
ブログ《儒灯》 https://jugaku.hatenablog.jp/
さて、本年は、真儒協会を開設して 5周年を迎えます。
先に【水沢節】卦について述べましたが、
その“竹の節〔ふし〕”・“節目〔ふしめ〕”の意です。
とりわけ、「5」 という数は、東洋においては“五行〔ごぎょう〕思想”の「五」、
易の“生数”の「5」で神秘的にして重要な霊数です。
この、開設5周年の節目に当たり、
(平成23)年度当初の《真儒の集い》は公開といたします。
例年《真儒の集い》は、定例講習受講者の内輪だけで開催してまいりましたが、
今回は《発足の会》と同様に、広くご参加の皆さまを募り 御来賓もお招きして、
“一陽来復”(【地雷復】)・陽の気を顕〔あきら〕かにしたいと思っております。
開設5周年・《真儒の集い》 は、1部:特別講演(講師 高根秀人年) /
2部:式典(来賓祝辞、理事者あいさつ 他) の内容です。
私(事務局)の地元吹田市、“メイシアター(吹田市文化会館)”で開催いたします。
加えて、開設5周年記念事業といたしまして、
今まで5年間の講義・講演内容のレジュメを中心に、
『真儒協会/開設5周年 記念誌 』 の編纂を行いたいと考えています。
ちなみに、私の年筮(中筮法)は、
「【風山漸〔ふうざんぜん〕】の 2爻陽変にて 【巽為風〔そんいふう〕】に之〔ゆ〕く。」
です。
【漸】卦は、“小を積んで大となす”、継続の吉、
“千里一歩の意”(新井白蛾)・“山に植林する象”です。
大象伝に、「君子以て賢徳に居りて俗を善くす。」
《君子は、その賢明なる徳を内に止め 漸次進歩発展し、
善き風俗を形成するように〔民心に親しむように〕努め続けるのです。》
とあります。
【巽風】は、風のように従い従う、謙遜に順う、巽〔したが〕って吉、の意。
どこへでも柔順に入り込んでいく象です。
今年度は、“節から(新たに)芽が出る”ような、
5周年の節目の年にするつもりです。
皆さまには、当協会活動へのご理解ご協力を賜りますようお願いいたしまして、
年頭所感の結びといたします。
《 PS.── 》
4月(4月29日 金曜日)の 開設“5周年記念《真儒の集い》”では、
私が特別講演の講師を務めます。
テーマは、「 器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー
── 経済立国日本を“中す〔Aufheben〕” 1つの試論 ── 」 です。
子貢は、3000人ともいわれる孔子の弟子の中で随一の才人・器量人です。
『論語』にも(子路とともに)最も多く登場します。
そして特筆すべきは、リッチ・Rich!な存在です。
商才あり利財に優れ、社会的にも(実業家として)発展いたしました。
一方、ロビンソン=クルーソー (D.デフォー、『ロビンソン漂流記』)は、
当時の“経済的人間”の代表像として捉えることができます。
つまり、世界帝国・イギリス資本主義の青年時代の担い手
=「中流の(身分の)〔“middling station of life”〕人々」の
理想的人間像と考えられるのです。
洋の東西、時代も場所も全く異なるこの両者に、
グローバルな現代の視点から光をあて、“「合一」なるもの”を探ってみたいと思います。
わが経済立国・“日本”は、行方を見失い、窮し行き詰まっています。
滅びゆく“日の没する(たそがれの)国”になり下がろうとしています。
その打開・再生の方途〔みち〕は、“儒学ルネサンス”しかありません。
その実現のための一つの指針となれば、と想っての試論です。
日本で初めてのこのテーマに、ささやかなチャレンジをいたします。
5周年の節目に相応しい、
「故〔ふる〕きを温めて新しきを知る〔温故而知新〕」を実現するものにしたい、
と思っております。
皆さまには、宜しくお誘いあわせの上ご参加くださいますよう。
(ご来聴できない方は、後日のレジュメをお楽しみ下さい。)
真儒協会会長 高根 秀人年
「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※開設5周年 《真儒の集い》 のご案内もアップしております。
→ http://jugaku.net/