儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです

水【坎】 に想う  (その4)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 易(象) と 水 》

宇宙・世界のシンボル化された縮図としての八卦の象意〔しょうい〕を想う時、
殊に 水【坎☵/大成卦・重卦=坎為水 ☵☵】 と
そのペア(陰陽逆の関係)としての 火【離☲/大成卦・重卦=離為火 ☲☲】 には、
先哲の深い叡智〔えいち〕と感性を想います。

「易」は、“変化”の意であり“変化の学”です。
その変化するものの代表的象〔しょう/かたち〕が水です。

科学(理科)的にも、物質の三態としての“水の三態”
(液体=水/固体=氷/気体=水蒸気 cf.四態・・・プラズマ )は、
身近な事例です。

横山大観の名作に、壮大な水の循環を描いた「生々流転〔せいせいるてん〕」があります。

水の滴〔しずく〕は川となり、大河となってやがて大海へ注ぎます。

水は変じて、霧〔きり〕・靄〔もや〕 ・・・ 雲となり、
雲は再び変じて雨となって地上に降り注ぎます。

氷(雹〔ひょう〕)や雪に変じることもあります。

地上に注がれたその水は再び流れ集まって川となります。

偉大にして悠游〔ゆうゆう〕たる循環、陰陽の変転変態です。


さて、太古からの易象をみてみますと。【坤☷】は、フラットな大地です。
“天”(=全陽)に対する“地”ですから全陰です。

そのまん中(2本目)に陽があって、
流れる水=川 を象〔かたど〕ったものが 【坎☵】・水です。

2陰の不動・静なる大地に対して、1陽を動的なものとして捉えています。

流れるものが【坎☵】・水であり、止まるものが【艮☶】・山 です。

また、【坎】の低き(陥穽〔かんせい〕)の意をもって捉えてもいます。


ところで、私は易学的に柔軟な発想、並行思考を紹介する意味で、
次のように動機づけて講じることにしています。

【坎】を表わしている算木3本☵をヨコ(=90°回転)にして、
「なんの文字にみえますか?」と問いかけています。

イメージから「水」の文字に見えませんか? 

タテ3本から「川」の文字にみえませんか?! 

そして、古代においては、「水」は同時に「川」も意味しましたと解説を加えます。

── ちなみに、【火=離☲】を講じる場合は、【坎☵】を裏返して(陰陽を逆転して)示し、
「天(=空)にある(赤い)太陽に見えませんか?
(ただし、天の色は中国では黒なので黒い“陽”は青・水色でイメージして下さい)」
と問いかけます。

【離為火】を講じる場合は、小成卦【離☲】【離☲】(上卦と下卦)をヨコに並べ【☲☲】
「両目、眼鏡〔メガネ〕(=明知・よく見える・明るいの象意)に見えませんか?」
と語りかけて、易学的思考・発想のとっかかり(アプローチ)としています。
それはさておき。


【坤/地 ☷】が静的・モノ・固物であったのに対して、
【乾/天 ☰】“陽”は“動的”なものであると同時に“精”なるものでもあります。

精神・精髄などの“精”で、本体・エキスの意です。

人体では、(脊椎動物の)骨であり、頭脳であり、心臓です。

「私は、“水”の人ですので ・・・」 と、よく少しばかりの得意を持って話を始めます。

それは、(水=坎の人が)一白水性であり、移動性の星であり、知的であり、
(お茶漬けのようにサラっとした性格であり、)
法律(家)・教師の職を表わしたりする、
ということの話し始めとして用いています。

が、しかし、真意はそれらのみではなく、“水が徳である”ということ、
水の人は“徳”があるということが言いたかったのです。

このことを、以下、易象で語ってみましょう。


水(川)は、自然への視点です。
が、ここで人間へ視点を移してみましょう。

そうすると・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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